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2017/07/08

経験値は金を積んでも買えない

夢を描くと道が開く

がんを発病後、営業から研修部門に異動した。この時、私はリストラ等どんな状況に陥ろうと自分の治療費と家族の生活を守ることため、プレゼンテーション及び研修スキルをプロレベルまで磨き上げることを決意した。そして、目の前にいる新入社員へ学んだ知識とスキルを注ぎ込み、彼らの記憶の中にこの時代に私が生きていた証を遺すことを決めた。発病から一年が経過していた。

勇気がいる最初の一歩は偉大な一歩

プレゼンテーションスキルは会社の支援でインストラクター資格を得たが、それ以外は何を学べばいいかも見当が付かなかった。ある日、本屋で一冊のセールススキルの本を手に取りざっと眺めていると外資系ライバル企業の事例が掲載されていた。大学の後輩が勤めていたため早速連絡を取り居酒屋に誘い情報収集した。後輩は親身になって答えてくれて何が実践的なスキルなのかを教えてくれた。すぐにセミナー参加費を上司と交渉したがOKが出ず、当時はいつ死ぬかも分からない状況であったため、スキルを身に着けて新人たちに教えることを考慮すると、とにかく急ぐ必要があった。交渉する時間がもったいなく、ポケットマネーをつぎ込み、次から次へとセミナーに参加することにした。最初は高額な費用と休暇申請に躊躇したが自分の夢が明確であったため、一歩踏み出すことが出来た。一歩踏み出せばあとは、なんてことはなかった。勇気がいる最初の一歩は偉大な一歩である。

夢を描くとナビゲーターが常に現れる

後輩からの情報以外に、実践的だった研修講師の経歴をチェックし同じことを学ぶことにした。この講師に感謝のメールを送ったところ再会してくれて直接アドバイスを頂きさらには研修資材一式を私に無償提供して頂けた。セミナーで知り合った仲間からも研修情報を入手するように努めた。特に自己研鑽に熱心であった仲間を集めてHRC(Human Resource Club)という団体を作り学び合うことにした。今でも私にとってかけがえのない仲間である。
産業カウンセラー養成講座受講中にある看護師と知り合った。看護師教育を担当されている方だった。私に何が教えられるかと聞いてきたため、「プレゼンテーション」と答えた。これもまだ社内で数回しか教えていないため若干不安であった。「看護協会に推薦していい?」と言われ、気軽な気持ちで「いいよ」と答えた。そこから数日後、看護協会から電話があり、とんでもない依頼が舞い込んだ。「コーチングスキル担当して頂けませんか?」。一瞬躊躇したが、「いつですか?」と聞くと約一年後であった。コーチングは知っていたが教えられるレベルではなかったが、一年あれば何とかなると考え即座に「受けます」と返答した。

出来ると思えば出来てしまう

当時、コーチングはブームになりつつあった。いくつかの団体が立ち上がり養成講座が存在した。この時、私はコーチングスキルを次のように定義した。「成功する人を支援するスキル」。そこで成功者の自伝、自己啓発書、セミナー等を研究し、当時学び始めていたNLPを組み込みプログラムを開発していった。さらに新人社員でこのプログラムに沿って支援活動を行い実践的な検証を行い続けていた。
一年後、研修会は90名が参加していた。ひとりでファシリテーションするには限界をはるかに越えていたが、全身全霊の力を「場の雰囲気作り」に注いだ。アンケート結果から満足を提供できたことを知り、ほっと安堵した。一番嬉しかったことは。事務のスタッフからのフィードバックであった。「朝来たときは、参加者に挨拶しても返事が返ってこなかった。夕方は明るい挨拶が返ってきた」。

経験値の連鎖を引き起こし継続する

さらに経験の場が用意された。「離職を考えている看護師対象に研修をして頂けませんか?」という相談を受けた。自分なりのプログラムを書いて打ち合わせを行った。当初は5,6人くらいだろうと考えていたが、100人対象であった。ネガティブな100名を2時間で気持ちを変えて欲しいとの依頼であり、さらにはグループディスカッションと発表も組み込んで欲しいとお願いされた。つまり、一時間で人の気持ちを変化させる必要があった。約一か月来る日も来る日も考え続けプログラムを書きあがた。小さなワークを繰り返し徐々に気持ちを変化させていった。最後の発表内容は、自分たちのような人を生み出さない職場つくりという前向きなものばかりであった。その後も無茶ぶりに近い研修相談が舞い込んでは、対応するプログラムを書いて臨みつづけた。

川を逆流していけば知らず知らずに脚力がついている

同時に社内研修改革にも取り組み、講義型から積極的に参加するプログラムへの変換を行った。講義型は参加者が受け身であり参加姿勢も消極的になりがちであった。また別部門からの情報で研修内容に対する問い合わせが数日後集中していることが判った。記憶が定着していない事実であった。参加型を取り入れた当初は参加者から強い抵抗に合い、上司から対応を求められた。しかし丁寧にインタビューをしていくと、理由は「疲れる」であった。これまでの社内研修とはそんなイメージだったのだろう。そのイメージも払拭して楽しく学べるプログラムを考え、改革を続けた。半年後、時間の都合上参加型研修を1度だけ止めた日があった。今日は「いつものプログラムは無いのですか?」と声が挙がった。涙が出るほど嬉しかった。継続は力なり。その後転勤になるまで10年近く研修改革を継続した。

幸運の女神には前髪しかない。

経験不足のものがこちらから研修の機会をくださいと言ってもなかなか与えられないだろう。経験が無く自信が無くても依頼があれば、準備を重ねて臨めば自信もついてくる。そもそも相手もあなたのこと選んで頼んでくるのだから。経験の場は金では買えない。しかも一度断ると次の機会はいつやって来るか分からない。この判断は明確な夢を描き、そこにたどり着く道が見えていれば迷うことない。通り過ぎる前にさっと掴むことである。
今日は看護協会に私を紹介した看護師からの依頼の研修会である。描いていた夢の実現を一気に加速してくれたことに感謝し書き留めた。しあわせです。感謝

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